山形市文化財保存活用地域計画

ページ番号1009806  更新日 令和7年12月11日

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山形市文化財保存活用地域計画が文化庁長官の認定を受けました。

計画表紙

山形市文化財保存活用地域計画について

「山形市文化財保存活用地域計画」は、山形市の文化財の保存・活用の基本的な方針を定め、広く周知することで、市民や団体、有識者などの理解・協力を得ること、まちづくりや観光などの行政分野とも連携し総合的に文化財の保存・活用を進めること、所有者や行政だけでは難しい未指定文化財を含む幅広い文化財の積極的な保存・活用を推進することを目的として作成したものです。
 本計画は、文化財保護法第183条の3第1項の規定に基づく法定計画で、山形市の文化財を取り巻く実情を分析、整理した上で基本方針を定めるマスタープランであるとともに、基本方針に基づく取組を設定するアクションプランです。

 令和6年12月20日に文化庁長官による認定を受けました。

計画期間

令和7年度~令和11年度(5年間)


本計画では、山形市の特徴的な歴史文化資産の保存・活用を効果的に推進するために、 国の指針を踏まえて、 以下の関連文化財群及び文化財保存活用区域を設定しました 。

関連文化財群

 

独自の景観と信仰の山 蔵王・瀧山 
蔵王連峰は、樹氷や高山植物、温泉などにより独特の景観が形成され、それが山への崇拝へつながり、修験道が栄えました。瀧山も蔵王信仰を構成する一つで、麓に日本最古といわれる石鳥居が造立されています。
山寺立石寺と庶民信仰

立石寺は、平安時代に円仁が創建したとされる天台宗の寺院です。山寺の岩肌は浸食により数多くの洞穴や奇岩が形成され、独自の景観が形成されたことから霊場として信仰を集めました。江戸時代には、松尾芭蕉が立ち寄っています。

最上義光と山形のまちづくり
最上義光は山形城を整備し、金箔瓦や石積みを導入するなど、近世城郭へ大規模に改修するとともに、城下町を整備し、商人町や職
人町を形成しました。また、寺社の保護にも力を入れ、立石寺堂宇などを再建しました

街道・舟運が紡いだ山形の文化

山形は政治経済の中心拠点であったことから、さまざまな街道が山形城下町を中心に集まっています。また、領内の港である船町は、最上川水運や日本海海運とつながり、ひな人形などの上方文化を伝える文化財が今も残されています。
白鷹丘陵山麓の独自の文化 

須川より西側の地域は、河岸段丘や扇状地が狭い範囲に混在する独特の自然環境を有しています。古墳の築造や平安時代の大曽根荘、江戸時代中期以降の堀田家の飛び地領など、独自の政治的空間が形成されました。

関連文化財群
関連文化財群位置図

写真

文化財保存活用区域
 
重層的な歴史を刻む中心市街地 
中心市街地は、南北朝時代に斯波兼頼が山形城を築城して以来、政治、経済の中心でした。江戸時代は城下町として栄え、明治時代以降は官庁街という要素も加わり発展しました。
文化財保存活用区域
文化財保存活用区域 「重層的な歴史を刻む中心市街地」 範囲図

写真

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