【短編エッセイ #03 蔵王トレッキング】
同じルートを往復するドアトゥードアの毎日は、気が張っているだけ気付かないうちにいろんなものがわだかまる。そろそろ出てきたんですけど..自覚症状。
せかつく日々を切り抜けて、ようやくお気に入りの山道具をガサゴソする。山形の友人がポストしていた“あの”景色、見てみたいなぁ..。そう、針路をとるのはいつもわたしの胸内だもの。ガイドブックなどあてにしない気ままな旅で脱皮をするのだ。
列車が山々を縫うように滑り抜けていく。峠の向こうがわは、都会の電飾とは真逆な四季のビビッドが広がっていた。
古代、ヤマトタケルの臣下を癒したという蔵王温泉は、いまもいたるところで硫黄泉がとうとうと湧いている。深みを増していく緑と相まって、むせかえるほどの濃密さ。湯を掬い、ひたいに寄せてスウーッと湯気を吸い込み、またとっぷりと湯にひたる。そんな極楽の繰りかえし。
翌朝、“あの”景色を目指して乗り込んだロープウェイ。ふもとの温泉街から遥かな山々へと続くパノラマが目に映り、ひたいはガラスに寄りっぱなし。
降り立った高原駅のどこからか視線を感じていると、目前の御堂から権現様が睨みをきかせていた。「何をお願いしようかなぁ」と、ふける時間が長くなりがちなわたしは、いまここにいる感謝だけを合掌に添えて、靴紐を締めなおし歩きはじめる。
足もとにいる花弁や虫、葉脈にひたいを寄せると、視線は一気にワイドからマクロの世界へ。「ああ、これもひとつの世界なんだ」