ふと振り返ると、木立の間から山形の市街地が蜃気楼のように揺らめいて見えた。辺りから聞こえる鳥や虫の鳴き声が、いっそう穴場的な感覚をふくらませる。
ところどころ足元が不安定なため、休まずに歩いていたがさすがに足取りが重くなる。そこにちょうどお不動様が祀られている水場があり、冷たい清水で喉を潤した。
そろそろ文殊堂が見えてこようかという頃、石段から伸びる小径の先には、互いに支え合うようにそびえ立つ2本の大杉があった。夫婦和合や縁結びの象徴として古くからご利益があるとされる「夫婦杉」だ。
杉の前で写真を撮っている老夫婦と会話を交わす。なんでも20年以上前から、毎年この時期に参拝に来ているという。以前は、あじさいを植えた良向寺の先代住職が祭りの時期になると決まって礼堂におられ、坂の下から登ってくる人たちを見守っていたという。
「家族みんなで文殊様にお参りをしたあと住職に挨拶をしてお守りをいただいて、また次の年の見頃に来るのが恒例だったんですよ」
息を切らしながら石段を登りきった先では、丸々と花をつけたあじさいが御堂を囲むように清閑に咲きほこる。
「よくお越しくださいました」と礼堂でお守りを授けてくれた若い住職の笑顔に、先代住職の面影が重なり浮かんでくるようだ。