【短編エッセイ #04 蔵王温泉/音茶屋】
こゆい硫黄泉に癒される記憶が鼻先をかすめて、ときどき行きたくなるときがある。きらめく葉緑が湯面にゆれる、蔵王温泉の見過ごしたくない季節。
そして「あの通りの先まで行ってみようか」と足向く場所がそこにあること。もうひとつの、行きたい理由。
テラス席から聞こえるなごやかな談笑に引き寄せられ、ドアを開けた。テラコッタの床を電球があったかく照らし、スピーカーから流れる音楽が漆喰の壁に吸い込まれていく。懐かしいヒュッテ感。
「子どものころ、毎週のように親父にスキーに連れてきてもらった蔵王。自分が感じたような楽しい思い出を、この温泉街に来てくれる人に少しでも持ち帰ってほしいですね」と語るのは、『音茶屋』の店長斎藤さん。
「音楽のチカラでもっと蔵王を面白くするべ!」との思いから当地に移住した仲間が集まり、好きなことを地域活性に変えていく余波。それは、次第にモノづくりからコトづくりへと派生し、手作業で設えたカフェの開業や、入場無料の音楽フェス「龍岩祭」の開幕につながっていった。
「開催場所の交渉から、求められる情報やサービスへの対応にいたるまで、当初は様々な困難に直面しましたが、毎年続けていくなかで、徐々に蔵王の住民の方々にも理解を得られるようになりました。旅館の女将が割烹着で郷土料理を振る舞ってくれたり、蔵王に住む子ども達も一緒になってワークショップを楽しんだり。この地ならではの独特の雰囲気が定着し始めたんです」
それと同時に様々な世代が足を運んでくれるようになり、来場客と町民との交流も生まれるように。また、仲間たちもしだいに子を持つ親となり、目線も大きく変化していったという。