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市長のやまがた自慢
市長のやまがた自慢「司馬遼太郎の見た山形市」

市長のやまがた自慢「司馬遼太郎の見た山形市」

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<狐越街道>

​<千歳山>
 日本を代表する歴史小説の大家、司馬遼太郎。その透徹した目は山形市をどのように捉えたでしょうか。『街道をゆく』シリーズの「羽州街道」でそれを知ることができます。
 山寺と芭蕉、紅花など、定番のテーマについても書かれていますが、むしろふと気付いたことや風景への感想が非常に興味深いです。
 地名を見ては、「旅篭町という町名が一丁目から三丁目まであるというのは、そういう花師(花を買い集める商人)が、手代をひきつれて泊まっていた一画であるに相違ない」「桜町という町名は-あてずっぽうだが-元来、佐倉町と書いたものかもしれない。下総の佐倉の殿さまだった松平乗佑が一時期山形城主になっているから」など、博識と想像力による考察をしています。
 狐越街道では、「山が果てるころ、急に眼下に山形盆地を見おろすことになる。野ひろく、その野の涯には蔵王の連山がそびえている。野の一部に白い建物が密集して山形市の市街地がひろがっており、自然と都市との調和が、日本でもめずらしいほどの美しさで展開されている」として、西部から見た山形市の風景を見事な筆致で表現しています。
 千歳山については、「上代では赤松林のうつくしい丘を『神名備山』として神聖視したが、この千歳山がそのなだらかな形状といい、林相といい、典型的な神名備山のすがたといっていい」「神名備山を県庁所在地の市がその市心に持っているというのは、例がない」と述べています。これもなるほどと思う内容ですね。
 また、「山形のそばは、たしかにうまい。」ともあり、すごくうれしい気持ちになりました。山形市を再発見させてくれる司馬遼太郎の目線、ぜひ一度お読みください。
 
(広報やまがた平成29年9月1日号掲載)
 

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