現在の位置
市民の皆さんへ
教育・スポーツ
社会教育
松尾芭蕉・与謝蕪村関連資料が山形市指定文化財になりました。

松尾芭蕉・与謝蕪村関連資料が山形市指定文化財になりました。

ページID : 105727

以下の4件の文化財が指定されました。

  • 「世にふるも」句文懐紙(よにふるもくもんかいし)
  • 「はるもやゝ」発句画賛(はるもややほっくがさん)
  • 二見形文台(ふたみがたぶんだい)
  • 黄石公図(こうせきこうず)

各新指定文化財の共通事項

分類

山形市指定有形文化財

所在地

山形市大字山寺字南院4223 山寺芭蕉記念館

所有者

山形市

指定年月日

平成29(2017)年2月22日

各文化財について

「世にふるも」句文懐紙

種別

書跡

時代

天和元(1681)年~貞享元(1684)年 ころ

形式

紙本墨書

内容

  • 芭蕉自筆「翁(はおう)雲天の笠を 老杜(ろうと)は呉天の雪を戴く 草庵のつれづれ 手づから雨のしぶ笠をはりて 西行法師の侘笠にならふ」の前文
  • 芭蕉自筆「世にふるも更に宗祇のやどり哉」の句    

概要

 松尾芭蕉が名句「世にふるも更に宗祇のやどり哉」を自書した貴重な懐紙です。
 懐紙の前文には、旅に生きた詩人として、中国
蘇東坡(そとうば)や杜甫(とほ)、平安時代の西行(さいぎょう)の名が記され、句中には、俳句の源流である連歌の第一人者・宗祇(そうぎ)の名が詠み込まれています。旅に生き、漂泊のなかに自己の文学を確立した先人達に対する思慕の念がうかがわれる懐紙です。
 
また、書風は、文字の大小や太さ、振り幅の変化が大きく、線も強く屈曲しており、「天和調」といわれるもので、美術的な観点からも優れた作品といえます。
 

特色

 前文からは芭蕉の詩歌や俳文芸に対する姿勢と旅への憧憬がうかがわれるとともに、和歌から連歌、俳句へと続く日本的な風雅の心を伝える文学資料としても価値を持つものです。
 

「はるもやゝ」発句画賛

種別

書跡

時代

元禄6(1693)年

形式

紙本淡彩

内容

  • 芭蕉自筆「はるもやゝけしきとゝのふ月と梅」の句
  • 江森月居による月と梅の絵

概要

 
松尾芭蕉が「はるもやゝけしきとゝのふ月と梅」と自書し、門弟・森川許六(もりかわきょりく)が満月と梅花を描いたものです。
 
許六は俳句のほか、絵にも秀でており、芭蕉は「画はとつて予が師」と評しています。
 本作品は、許六の日記や芭蕉の手紙から、元禄6(1693)年正月中旬に芭蕉が許六を訪問した際に合作されたものと推定されます。
 月と梅は、紙に型紙を置き墨を吹き付けて白く浮かび上がらせる、吹き墨(吹き絵)という技法が用いられています。柔らかな梅の枝、赤と薄青の彩色が施された梅の花、紺と緑が加えられた吹き墨など、許六の画力と画人としての感覚の高さがうかがわれます。
 また、芭蕉の書風も、晩年に到達した「かるみ」の境地に呼応するような枯淡で軽快なものです。

 

特色

 師弟相互の信頼と尊敬が生み出した、文学と美術が見事に調和している作品で、初春を迎えた穏やかで清々しい心情が伝わってきます。芭蕉が到達した俳文芸の境地の高みと、師弟関係の濃密さと豊穣さを示す他に例のない貴重な資料です。




 

二見形文台

種別

書跡

時代

天明2(1782)年~天明3(1783)年

形式

桐材に墨書

内容

  • 表面……松村月渓による二見浦の夫婦岩と若松図の扇面の絵
  • 裏面……蕪村自筆「春風や浪をふたみの筆かへし」の句

 

概要

 与謝蕪村が裏面に、自作の句「春風や浪をふたみの筆かへし」を書いた文台です。曲線的でまろやかな字形と肉太の線による堂々として滑らかな運筆から、蕪村最晩年のものと考えられます。
 
文台とは、連歌や俳句の興行に際し、正面の書記役の前に据え、句を書いた懐紙を載せるために用いたものです。俳句の師匠の位を象徴するもので、師匠として認められ文台を授かることを立机(りっき)といい、文台開の披露が行われました。
 この文台のように、甲板(こういた・表面)に二見浦(三重県伊勢市)の夫婦岩と若松図の扇面が描かれたものを「二見形文台」と呼びます。平安時代の歌人・西行が、二見浦で扇を文台の代わりにした故事にちなんだもので、松尾芭蕉が使用していたことが知られています。芭蕉以後、漆塗りのない白木を用いることが多いとされています。
 甲板を描いたのは、蕪村ではなく門人の松村月渓(まつむらげっけい)です。師匠である蕪村ゆずりの柔らかで軽妙な筆致がみられます。また、裏面には、蕪村の句に門人の江森月居(えもりげっきょ)が、「わか葉古葉のにほふ浜萩」と脇句(わきく)を継ぎ、さらに先人の西行と芭蕉を偲ぶ一文を添えています。
 

特色

 俳人にとって師匠の位を象徴する大切な文台であり、江戸中期の俳壇の重鎮・与謝蕪村が自句を書いたものは数も少なく貴重です。この文台には蕪村・月渓・月居の3人が係わっており、蕪村一門の師弟関係とその役割をうかがい知ることのできるもので、俳文芸史にとっても大きな価値を有しています。また、蕪村の書は自信に満ちた円熟ぶりを示す見事なものであり、美術的にも観賞価値が高いといえます。

   二見形文台 甲板(表面)                 二見形文台 裏面



黄石公図

種別

絵画

時代

明和7年(1770)~安永6年(1777)

形式

絹本淡彩

内容

蕪村が中国秦時代の隠士(いんし)・黄石公を描いたもの

概要

 与謝蕪村が中国秦時代の隠士・黄石公を描いたものです。
 与謝蕪村は、俳人としての活躍のほか、日本南画の大成者の一人としても知られています。
 
南画は、中国画に由来するもので、作者の内面の情感を表現することを重んじたもので、柔らかい筆触と肥痩の変化に富む描線が特徴です。
 本作品に描かれた人物は、裸足で右手に沓(くつ)を持っていることから、中国秦時代の隠士で、漢王朝樹立に貢献した張良(ちょうりょう)に太公望(たいこうぼう)の軍法書を授けた黄石公と考えられます。黄石公が橋の下に落とした左足の沓を張良に拾いに行かせた、という故事に基づく画題には、蕪村の中国文化と中国画に対する憧憬が秘められているといえます。
 絵には
狩野派の漢画的な画法と中国の画家・沈南蘋(しんなんぴん)の写生画の影響がみられ、神経の通った細い線で丹念に描かれたうえに、要所には淡彩が施されています。品格の高い作品に仕上がっており、蕪村の技量の確かさと画域の広さを示しています。

 

特色

 蕪村が詩画両道に秀でていたことを証する貴重な資料であり、保存状態もよく美術品としての価値も高い作品です。蕪村絵画の完成期としてふさわしい格調の高い人物画であり、南画のみならず漢画や写生画の技法も習得していたことを示しています。さらには、俳諧師として日本の美意識を大切にする一方、中国文化に憧れるという蕪村の二面性をうかがい知ることもできます。

アクセス

 今回指定になった4件の文化財は、展示の都合上、公開されていない場合もあります。ご注意ください。

 

「山寺場所記念館」へのアクセス

鉄道

JR仙山線・山寺駅下車 徒歩10分
  • 山形駅より約30分
  • 仙台駅より約1時間

自動車

山形自動車道「山形北IC」より約20分
  • 山形市中心部より約30分
  • 山形空港より約30分
  • 仙台市中心部より約1時間30分

開館時間・入館料等

開館時間

9:00~16:30

入館料

  • 大人一般…400円(団体320円)
  • 高校生以下…無料

休館日

不定休

「山寺場所記念館」ホームページ

 「山寺場所記念館」のホームページはこちらからご覧ください。
山寺芭蕉記念館ウェブサイト(指定管理者:公益財団法人山形市文化振興事業団が運営するサイトです。)

山形市内の文化財について

 山形市内にある、指定・登録文化財の一覧は、以下のページで公開しています。
 山形市の指定文化財(新しいウィンドウで開きます。)

 また、立石寺(山寺)境内の「山寺行啓記念殿(やまでらぎょうけいきねんでん)」も平成28(2016)年11月21日に山形市指定有形文化財に指定されました。こちらもあわせてご覧ください。
「山寺行啓記念殿」が山形市指定文化財になりました。(新しいウィンドウで開きます。)

 

このページの作成・発信部署